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‘REVERIE’ と「動画体質」

DSLR(デジタル一眼レフ)を使っての動画撮影のエポックは、2008年にCanon 5D Mark IIによって撮影された「REVERIE(夢想)」であることは間違いないらしい。この3分ほどのショートフィルムは一大旋風を巻き起こし、DSLR Videoの方向性を作ったと言える。(※このころ私は動画撮影に興味がなかったので、後から知ったことなんだけど)

さて、これを撮影したのはVincent Laforet氏。ニューヨークタイムズ紙のフォトグラファーであり、スティル(静止画)の人である。彼は、2002年に911後のアフガニスタンとパキスタンの苦悩に関するフィーチャーストーリーの取材チームの一員としてピューリッツァー賞を受賞している。

そもそも、なぜスティルフォトグラファーが撮った作品が、これほどのセンセーションを巻き起こしたのだろう。

このことについてちょっと調べてみたくなったのは、いつも読んでいるraitank氏のブログでのコメントで、私が、「スティルフォトグラファーが動画を始めるのはそんなに難しいことじゃないよね」、ということを言ったら、raitank氏が「そんなことはない。スティルから動画に行く人なんてほとんどいない」という指摘があって、「え?そうなの?」と思ったのがきっかけになっている。

私がそう思ったのは、Laforet氏がReverieのメイキングビデオの中で、「使い慣れたカメラだし同じレンズを使えるし、動画を撮るのはこれまでとそんなに大差なかった。スモールステップだったよ」みたいなことを言っていて、私も「そうそう」と思ったのだけれど、raitank氏の思うところ、それはLaforet氏や私がそもそも「動画体質」だったのであって、たまたま静止画の世界に留まっていただけだったのではないか、というのである。この鋭い指摘にはちょっと虚を突かれた感じで、ではLaforet氏がどんな風にこのビデオを撮るに到ったかをちょいと調べてみたくなった次第である。

さてさて、前置きが長くなったけれど、Laforet氏が、オンラインで配信されたチュートリアルビデオの中で、Reverieについて解説していて、これが参考になる。

(※以下、参考にした彼の解説はこちら。これは長いビデオで、1時間14分25秒頃からREVERIEのことが語られる。彼のチューリアルビデオの最初の回だけが無料で公開されていてその中で語られる。)

Introduction to HDDSLR Cinema

まず、ことのきっかけは、こんな感じ。

当時からキャノンと仲良しだった(プレスフォトグラファーはだいたいカメラメーカーとは仲がいい)Lafore氏、ある日ニューヨークで友人とのランチの約束があってキャノンで待ち合わせしたらしい。

そこでたまたま見てしまったのが、スタッフが白い箱から何やらカメラを取りだそうとしているところ。本人曰く「見てはいけないものを見てしまった」のが5D MarkIIのプロトタイプだった。見られたスタッフは、まずいところろ見られたことを自覚したのかだいぶ焦ったようだけど、そこは元々仲良しのLaforet氏、頼み込んで触らせてもらったらしい。

Laforet氏曰く、「頭の上にぴかっと電球が灯った(よくマンガでありますね)。そしてそれが爆発した!」「顎がはずれた!」と最大級の驚きを語っている。そして、「絶対これで何か撮らねばならぬ!と思った」のだそうだ。

それからLaforet氏の強引な交渉が始まる。(ランチの約束はどうなったんでしょうね・・)当日は木曜日。しぶるキャノンを7回拝み倒して、金曜の夕方から月曜の朝まで、「どうせ週末は倉庫に置いておくんでしょ。だったら貸してよ。月曜の朝に返すから」と、秘密保持契約にサインした上で、まんまと貸し出すことに成功したのである。(すごい交渉力…)

Laforet氏、それまでは本格的に動画をやったことはなかったのであろうが(このあたりははっきりしない。私の予想。)、これで何か新しいものが撮れると直感したのはさすがである。

さて、それから彼の猛進が始まる。知り合いに連絡し、撮影に必要な準備を始め、出演者のモデル2人、ヘリコプターのチャーター(彼は元々空撮を専門としていたのでこのあたりにもコネがあったようだ)、アシスタントの手配を整え、金曜の午後4時から月曜の明け方に掛けて2日間で撮影した。

私(スティルフォトグラファー)がこの作品を最初に見たときに最初に感じた印象は、すばらしくきれいで、これまでに見た事がないようなイメージだ、ということだったけど、それは普段目にしている写真がそのまま動いているということに対する驚きであって、写真が動き出すとこんなにきれいなのか、という新たな発見でもあり、「これならオレも撮れそう!(動画関係のみなさん、不遜な発言ですみません…)」というインスピレーションでもあった。

面白いのは、彼自身が語っている映画の世界の人たち(Cinematographers)の反応である。

まずオープニングのところ、キスする男女のイメージがアウトフォーカスになって明かりが大きな球となってぼけていくところ。

映画の世界の人にとっては「何!?どうやって撮ったの?」ということらしい。(もちろんその裏には「あんたみたいな素人が」というのがある)。

その他、車がブルックリン橋を走っているシーンでは、ASC(the American Society of Cinematographers)の著名なフォトディレクターに、「どうやってブルックリン橋を照明したの?」と聞かれて、「自然光ですよ」と答えると、「あり得ない!」と言われたらしい。

スティルフォトグラファーにとって、Reverieに出てくるイメージの表現方法は何ら普通のことである。背景がボケるのも、暗いところでそれなりに撮影できるのも静止画では当たり前のことなので、「何でこういうことができるのか」という疑問は素人の恐ろしさなのか、浮かんでこなかったのである。

恐らくLaforet氏もそうだったのではなかろうか。

だから、「これまでとそれほどかけ離れたことではなかった」と平然と言えたのではないかと思う。

撮影環境についても説明されていて、5D MarkIIカメラ1台。予備バッテリー無し。NDフィルターは持ってないし、ドリーもフォローフォーカスもステディカムも映画用のライトも無し。キャノンからフルードヘッド付きの三脚を借りたけど、これを使ったのは女性モデルを下から上にパンしているところだけ。あとは、車にカメラを取り付けるために使った吸盤3個、空撮のときにいつも使っている安定機(ジャイロ)。

カラーコレクション、ノイズコレクションなし。カメラには説明書もなかったので、設定の仕方が分からず、全編、露出はオート撮影なんだそうである。

彼が一番撮りたかったのは、ヘリコプターに乗ったモデルのサングラスにニューヨークの夜景が映ているシーンとのこと。「これが撮りたい」というイメージを頭に描いて撮影に望むのは、同業者としてよく理解できる。「これだ!」というイメージが撮れると、それ以外のものは自然とついてくるようなところがある。

Lafore氏のわがままを聞いて、「使ったらEメールでちゃんと感想送ってよ」というのを唯一の条件としてしぶしぶカメラを貸したキャノンだが、結果としてReverieはウェブ上で約500万アクセスを稼ぎ出し、一躍EOS 5D MarkIIをDSLRのデファクトにしたのだから、担当者のこの柔軟な対応は大変な功を奏したことになった。

Laforet氏にとってもこれはターニングポイントとなり、DisneyやIndustrial Light & Magicの名だたる幹部を前に話をする機会を与えられたりして、本人も「動画経験48時間の私でいいのだろうか?」と思うこともあったようだが、以降、DSLR Video界のオピニオンリーダーとして今日に到っている訳である。

あ〜、今日は長くなった。

さて冒頭の、私は「動画体質」なのか、という命題だけど、う〜ん、どうなのだろう?知り合いのフォトグラファーでも全く動画に興味を示さない人もいるから、ひょっとしたらそうなのかもしれないけど、よくわからない。

結局よくわからないまま、REVERIEの誕生秘話みたいになって終ってしまった。

ま、いいか。

思うに、静止画から動画へのステップ、ジャーナリズムの世界ではわりと進んでいるように見える。思い当たる節はあるのだけど、あまりに長くなるのでそれはまた後日。


(2010.10.16)

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